年号 |
西暦 |
主な出来事 |
天保6 | 1835 | 坂本龍馬、土佐藩郷士の次男として誕生(11月15日) |
嘉永6 | 1853 | 坂本龍馬(19)、剣術修業のため江戸・千葉道場へ入門 米国艦隊4隻を率い、ペリー浦賀へ来航 ロシア艦隊、プチャーチン長崎に来航 |
安政元 | 1854 | ペリー軍艦7隻を率い再来 日米和親条約を結び、下田・函館を開港 日英和親条約、長崎・函館を開港 坂本龍馬(20)、帰郷の際、河田小龍に出会う 日露和親条約、下田・函館・長崎を開港 |
安政2 | 1855 | 幕府、長崎海軍伝習所を開設 安政の大地震 |
安政3 | 1856 | 武市半平太、江戸遊学、桃井道場・士学館に入門 |
安政4 | 1857 | 老中安部正弘死去 |
安政5 | 1858 | 井伊直弼大老に就任 ハリスと日米通商修好条約を締結 将軍家定死去 安政の大獄始まる 家茂将軍に就任 |
安政6 | 1859 | 神奈川・長崎・函館を開き、英仏蘭米露に貿易を許可 |
万延元 | 1860 | 咸臨丸、条約批准交換のため米国へ出航 桜田門外の変(大老井伊直弼暗殺される) 米国公使官通訳ヒュースケン、薩摩藩士に殺害される |
文久元 | 1861 | 水戸浪士、東禅寺(仮英公使館)を襲う 武市半平太(瑞山)、土佐勤王党を結成 坂本龍馬(27)、土佐勤王党に加盟 |
文久2 | 1862 | 坂本龍馬(28)、長州萩に久坂玄瑞を訪ねる 坂下門外の変(水戸浪士、老中安藤信正を襲う) 将軍家茂と和宮の婚儀行なわれる 土佐藩・吉村寅太郎脱藩 坂本龍馬(28)脱藩 土佐藩、吉田東洋暗殺される 寺田屋騒動(島津久光、有馬新七らを惨殺) 幕府、貿易視察使を上海に派遣(五代才助、高杉晋作らも随行) 島津久光、幕政改革を要請 生麦事件 京都守護職に松平容保任命さる 幕府、榎本武揚らをオランダへ留学派遣 坂本龍馬(29)、勝海舟に入門 江戸品川イギリス公使館、高杉晋作らに焼き討ちされる |
文久3 | 1863 | 清河八郎、浪士組を結成、上洛 将軍家茂上洛、賀茂社攘夷祈願行幸に同行 勝海舟、神戸海軍操練所設立へ 長州藩、下関で外国船(米仏蘭)を砲撃 高杉晋作、奇兵隊を編成 薩英戦争 8月18日の政変、七卿落ち 天誅組の乱(吉村寅太郎ら) 生野の乱(平野國臣) 武市瑞山投獄される 坂本龍馬(29)、神戸海軍塾(勝の私塾)塾頭に |
文久4 元治元 |
1864 | 天狗党の乱(水戸藩、藤田小四郎・武田耕雲斎ら挙兵) 池田屋事件(吉田稔麿、宮部鼎蔵ら新選組に襲われる) 禁門の変 第一次長州征伐 四国連合艦隊(英米仏蘭)、下関を砲撃し上陸、砲台を占拠 坂本龍馬(30)、勝海舟の紹介で西郷隆盛と面会 神戸海軍操練所廃止に 高杉晋作、功山寺に決起 |
元治2 慶応元 |
1865 | 武市瑞山切腹 坂本龍馬(31)、長崎で亀山社中を結成 |
慶応2 | 1866 | 薩長同盟成立 坂本龍馬(32)、寺田屋遭難 坂本龍馬、お龍と新婚旅行で霧島へ 第二次長州征伐(幕府・長州藩周防大島を砲撃、四境戦争勃発) 坂本龍馬、下関海戦に参加 将軍家茂、大阪城にて死去 慶喜、第15代将軍に就任 孝明天皇逝去 |
慶応3 | 1867 | 坂本龍馬(33)、亀山社中を再編し海援隊設立 いろは丸事件 坂本龍馬、船中八策起草 中岡慎太郎、陸援隊結成 ええじゃないか乱舞が全国で流行 大政奉還 坂本龍馬、中岡慎太郎、京で暗殺される 王政復古の大号令 |
慶応4 明治元 |
1868 | 鳥羽伏見の戦(戊辰戦争はじまる) 江戸無血開城 海援隊解散 榎本武揚、箱館五稜郭に入城 |
明治2 | 1869 | 箱館戦争終結し、戊辰戦争終わる |
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